先回記事末部より
神様のエネルギーの働きによって、私たちは神様と出会い、聖霊によって心情一体となる事によって、真のお父様が整えられた攻撃用の兵器が稼働するのです。どのように稼働するかといえば、世界や国家を動かしている人物たちの、心の内面に働きかけることが出来るようになるのです。
真の愛を完成させた神様のエネルギーは、全ての人々の心の内部から、働きかけることができるようになっているのです。
菅井を批判する方々は、この攻撃用の兵器を稼働させないために批判してきたようなものです。
真のお父様の完全勝利を理解させまいとする手段こそ、「真のお父様の聖和は十字架だった」と受け止めさせる事です。いまだに日本本部は、二代王様が削除した方が良いと指導した著作「成約時代の摂理的同時性」を、そのまま販売しています。
真のお父様の地上界における完全勝利が、神様の真の愛の完成による、地上界と霊界を繋ぐシステムの完成の事だと受け止めることができないと、聖霊を通して神様と通じるようにはなれません。
二代王様が語られることを、あなたは信じる事ができますか?私たちは神様のエネルギーを通して、神様と出会う事ができ、直接的に通じる事ができるのです。
二代王様は2015年1月の当初から、そのことを訴えてきたのです。その二代王様の訴えを、そのごとく発信し公開して来たからこそ、私はなにも恥ずることがなく、堂々と前進していくのです。
日本本部は、まだ菅井のことを、「神様と通じるなどあり得ない」といって批判しますか。批判するあなたがたも、神様と通じるようになるのです。
ロード氏は、神様の本質とエネルギーの違いも、まだよく分かっていないようなので、次回記事で少し触れるかもしれません。
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二代王様は2015年3月22日に語られていた「神様と直接通じ、見て、感じることができる霊的な時代に入っています。」というみ言を、2026年5月14日より、具体的に説明し始めてくれました。
2015年3月22日「霊界を体験せよ」二代王様説教抜粋引用
【今や私たちは、神様と直接通じ、見て、感じることができる霊的な時代に入っています。これ以上、私たちと分離された世界ではないのです。一般的に、中央集権的な宗教において見られる現象は、み言から次第に遠ざかり、政治的に変質していくことです。その結果、経典のみ言から遠ざかり、聖霊の役事を妨げるようになります。】
【私たちは、神様から聖霊と真理によって礼拝する方法を学ばなければなりません。今や私たち全員が、神様に直接迎接できる時代だからです。韓国の霊媒師、日本の霊媒師、アフリカの霊媒師などを必要とするのではなく、私たちは今、神様に直接行くことができます。このような祝福された時代に、私たちは生きています。】
神様と直接に通じるようになる為には、聖霊との関係性を理解することが重要なのです。次の2026年5月14日のみ言を抜粋引用します。
**2026年5月14日台湾聖殿木曜礼拝:二代王様み言より**
神の本質は私たちが完全に知ることはできないけれど、キリストの本性を、わかりやすく言えば授受作用しながら、私たちもそのような驚くべき発展、私たちは・・・、神々になる、などと言ってはいけませんね。神様の恩恵によって、私たちは神の息子娘となるということです。
絶対に神様になることはできませんが、そうですね?
そして、この「エネルギー」が三位一体の内容を通じて、父が現れ、そして息子を通して、次に聖霊の中から。
**引用終了**
5月14日のみ言では、創造のないエネルギーである聖霊のことを上げながら、聖霊がどのように働くかは語っていません。
8月16日の台湾礼拝において、創造のないエネルギーが聖霊であることを、明確に語られました。神様の本質を太陽に例えれば、その太陽の光にあたるが創造のないエネルギーだとも説明されました。
つまり、聖霊は太陽の光のように、常時、私たちに注いでいるのです。太陽の光は陰るけれども、聖霊は陰ることなど無く、私たちを外からも内からも輝かせようと注がれているのです。
**2026年8月16日台湾礼拝 二代王様み言(同時通訳)より**
神様の本質ではないけれども、ペクフンサが今、神様のエネルギーを受け取っているということですよね。分かりますか?これはAIではありません。分かりますか?
分かりますか?分かりませんか?だからカトリックとこれは、特にカトリックの哲学とは違います。キリスト教はちょっと深く考えないから、ただ雑哲学です。しかし哲学的に見てみると、聖霊の炎が降りてきた時に、ペクフンサの、これは神様の聖霊、聖霊の炎というのはAIではありません。これは神様のエネルギーです。
神様の創造のないエネルギーです。神様の愛は、創造がないじゃないですか。創造というものがありません。神様の恩恵というのも創造がありません。神様がいらっしゃるならば、神様の愛もあるじゃないですか。そうですね。神様がいらっしゃるとしたら、神様のみ旨み心もあるじゃないですか。そうですよね。だから創造のないエネルギーのこの炎、聖霊の役事、創造されていない神様のエネルギーを受け取っているということです。
ペクフンサは、神様の本質に触っているわけではないけれども、神様の本質には出会うことができていないけれども、神様のエネルギーを、今触っているんです。これは どういうことかというと神様は近いですね。近い。神様と近い。永遠に遠いわけではないです。だから私たちが祈祷する時、血の涙を流す時、精誠を捧げる時、役事が起こるじゃないですか。その役事がこの役事に出会った時にその役事はAIでは なくて神様のエネルギー。
それは何かというと、私たちは実際に神様に出会うことができるということです。出会うことにできます。神様の本質に出会うことはできません。なぜかというと、キリストのみそこに出会うことができます。その本質にお父様のみが、そこに出会うことができます。
**引用終了**
聖霊との関係性が、神様の息子娘である私たちにとって、どれほど重要なものか・・・。その聖霊を、統一教会と家庭連合においては失っていたのです。
そして二代王様は、8月20日台湾礼拝において、聖霊の働きが、天宙に真の愛を溢れ満たしているさまを語って下さいました。
**2026年8月20日台湾礼拝:二代王様み言抜粋引用**
だから訓練が重要です。エッセンス・エネルギーの違いについて語ると、なぜ訓練が極めて重要なのか、またなぜ神様がそのような聖霊の役事を下してくださる時、それがどれほど驚くべきことなのかが分かり、さらに、なぜ私たちが訓練を通じて神様を追求しなければならないのかも理解できるようになります。
プロテスタントのモデル、カトリックのトマス・アクィナスモデルがあれば、そういったものはすべて必要ありません。勉強して知れば済みます。それは詐欺です。千倍の詐欺。詐欺。
カトリック、キリスト教によれば、死ぬ時になって神を見ることができるというが、私たちが神との関係にあるなら、また、私たちは訓練と修行を通じて御父様を熱心に求め、苦行を伴いながら熱心に求めれば、御父様もまた私たちに恵みを授けてくださる。
しかし、その基盤とは何なのか?
お父様、ありがとうございます。悔い改めます。お父様、ありがとうございます。英語の部分で、そう言ったよね。
私たちは、英語の礼拝で、訓練をする時、悔い改めと感謝を、今一日ゼロだったら、40回を目標にして、次に、40回を目標にすれば、そうすれば100回、120回、400回、1200回、4000回の目標。12,000回の目標、1日4万回の目標、呼吸を合わせて、そのような訓練をするようになれば、私たちの人生は完全に変わります。
なぜ?悔い改めて、お父様、ありがとうございます。一日中そう過ごしていると、ずっとそう続ければ、すべてが完全に変わってしまいます。妻と喧嘩する前に、夫と喧嘩する前に、もう喧嘩がなくなってしまうのです。なぜ?お父様、ありがとうございます。一日でたくさん訓練をしているので、その喧嘩したくなる感情が湧いてきた時から、
「すみません。お父様、ありがとうございます。ふー、すみません。お父様、ありがとうございます。」と。
呼吸を10回するだけでその感情が消えてしまうのに、一日に4万回もしたら、どうやって妻や夫と喧嘩できるか? 一日に4万回は、おそらくできないでしょう。その日、そんなに呼吸はしないでしょう。たぶん、眠らなければいけないから。
寝るときは、この音楽を流して、「御父様、ありがとうございます。御父様、ありがとうございます。」と。聖書の御言葉にも、「宇宙と天宙が神を賛美する」とありますね。星々や天宙の星、山々や神々すべてが神を賛美する。
だから、私たちの外にいるあの御父様、あの旗ありますよね。五色の旗、それらはすべて聖書の節で、キリストの聖書の節、キリストの宝血、キリストの光、平和軍、警察、キリストと平和軍警察王、キリストの水、生命の水、それからキリストは…えっと、創造主と一つ。
金色の旗が風にひらひらと揺れる時、風もまた賛美しているのです。再臨主を。 風も、聖書のその聖句に合わせて歌い、そこへ出かけてみると、風が吹く時に外に出て見ると、気分が全く変わります。それを見ると。なぜ?あいつら、風までもが賛美しているのです。
そうですね?
皆さんも、何て言うか、あの御父様の旗が、外に出て見るとそんな役事が起こって、「うわっ、御父様はキリストとして、生命の水、神の光、宝血の勝利、平和軍の王と創造主と一つ」といったことを知りながら、旗がはためいて、風までもが賛美していることを考えると、完全に恵みを受けます。そうでしょう?
はい。見てください。風、自然界の風も私たちと一緒に踊り、賛美しています。そうでしょう。そうじゃない?
実はその風が私たちに勝っているということなのです。今。私たちよりもはるかに多く、御父様を賛美しています。風が。皆さん、今、精誠をたくさん尽くしているけど、比較になりません。
風が皆さんをすべて打ち負かしている。ハハハハ そうでしょう? 風も私たちと一緒に訓練している、訓練、訓練。風もカエルたちもハスの花で、修練して、ここで遊んでいるから、魚も、ピョン! これを見るたびに、こいつらも神様、キリストを賛美している。水も雨が降ってきて、雨に打たれる時、雨も雨粒も、宝血の勝利、平和軍の王、生命の水、神様の創造、神様の光、ハレルヤ。こうなる。触れるたびに、こいつらが触れるたびに、こいつらはその雨粒が入るんだ。
実際、雨、その雨がその旗の中に入って一つになるじゃないか。その雨が、その次に、雨粒がたくさん集まると、そろそろ落ち始めます。
やあ、向こうに行けと、このように互いに。新しい子たちが入ってこられるように、新しい子たちが入ってこられるように、もうそこに入っていた子たちは出ていく。
そうですよね?
風と雨、風と雨、太陽と月が、これをすべて照らしながら、賛美しているのです。皆さんがただ知らないからです。自然界は懸命に訓練している。 そうだね。そうじゃない?それは何? その訓練の神秘的な世界、神の何? エネルギー。人格的な創造のない光、力、恵み、御心、役事などのエネルギー。
これは気よりもはるかに貴重なものです。なぜ?気は非人格的じゃない。ただ、これは非人格的ではない。これは人格的な、創造なきエネルギー。
それが最も驚くべきものです。そうじゃない?
**引用終了**
神様と真のお父様は一体となって、親の心情から、完成された真の愛によって働く聖霊を、私たちに送ってくれています。
その聖霊が神様と真のお父様と、私たち一人一人を真の愛で繋いでくださるのです。さらに全ての万物とも繋げて下さり、宇宙全体が、私を愛する万物の総合体となったように、真の愛で包み込んでくるのです。
その中心におられて、真の愛の発動体となっている方こそ神様なので、私と万物すべては、感謝で溢れた真の愛の存在体となり、個性真理体となるのです。その境地に至ると、私は神様の胎内・・・、もっと明確にすれば昼の神様の胎内で育まれている事を体感するのです。
ですから「真の父母様の本体論」を批判する方々は、神様が誕生する際に感じ取った包容感包括感を、生殖器と混同してエロだのグロだのと批判しますが、まったく違う高い次元の話なのです。
ここで神様の本質とエネルギーの違いの観点から、この包容感包括感を解説しましょう。もともと包容感包括感は、真のお父様が神様の誕生について語られたみ言によるものです。
宇宙の根本 第1章 宇宙の根本秩序 1) 神様の二性性相の大展開
神様は何のために、どのように生まれたのでしょうか。愛によって生まれました。宇宙の根本は、どのようになされたのでしょうか。愛の種があり、それが相対を中心として吸収してみたところ、神様自体が性相と形状によって構成されるようになりました。何を中心としてそのようになっているのでしょうか。愛を中心として形成されます。皆さんと同じです。父母の愛によって受けた皆さんの生命の種、一つの細胞が大きくなって今の皆さんが生まれてきたのと同じように、神様もそのように大きくなったというのです。神様も、目が生じ、鼻が生じてこのように生まれました。全く同じだというのです。(207-27,1990.10.21)
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宇宙の根本 第2章 人間創造と愛の理想の完成 1)愛の絶対価値 ①人間の男性と女性
神様の愛と人間の愛がいつ一つになるのかということが問題です。これが歴史的な問題であり、宇宙創造以降の重大な問題です。これが解決されない限り、宇宙の根本が解決されない限り、絶対に結果が解けないのです。真の愛を中心としては、神様は核の位置に立たなければなりません。それでは、アダムとエバは何でしょうか。アダムとエバは、核を包み込む二つのかけらと同じです。皆さん、くりのようなものを見れば、二つのかけらになって胚芽を包んでいるでしょう? それと同じように、神様を核として、男性と女性が愛を中心として完全に一つになるのです。
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直接的には表現されていませんが、神様は「皆さん(人間)が生まれてきたのと同じように大きくなった」と語られています。つまり、神様の愛の種と生命の種を、一つにして育んだ胎の存在が、比喩として暗示され語られているという事です。
神様そのものである真のお父様が、御自身の体験を比喩で語られて、神様を誕生させた胎があることを暗示されました。それは神様の本質から出たエネルギーとして語られたみ言であり、意思であり御心です。
しかし、私たちには、三次元世界の経験で受け止めることしか出来ないのです。ですから神様が胎に例えた事柄が、神様の本質においてはどのような展開があったのか、環境が作られたのかは計り知れません。神様の本質は、まったく想像すらできないのです。
神様は高次元な霊的な存在であり、形を持ちませんから、胎などという形を感じるわけがありません。そのような人間の常識として分かっている観点から類推して、考えを展開させていくのです。
神様が真のお父様の口を通して語られたみ言は、神様のエネルギーの結実として地上に残されています。さらに、このみ言を理解しようとするときに、聖霊が臨んでいる事に覚醒している兄弟姉妹は、聖霊によって証しを受けるのです。
つまり、神様の本質を理解することも想像することも出来ませんが、み言と聖霊の働きによって、自分の心の内で納得がいくようになり、腑に落ちるようになるのです。
そのことを二代王様は、2015年3月の時点で語られていたでしょう。
2015年3月22日「霊界を体験せよ」二代王様説教抜粋引用
【今や私たちは、神様と直接通じ、見て、感じることができる霊的な時代に入っています。これ以上、私たちと分離された世界ではないのです。一般的に、中央集権的な宗教において見られる現象は、み言から次第に遠ざかり、政治的に変質していくことです。その結果、経典のみ言から遠ざかり、聖霊の役事を妨げるようになります。】
【私たちは、神様から聖霊と真理によって礼拝する方法を学ばなければなりません。今や私たち全員が、神様に直接迎接できる時代だからです。韓国の霊媒師、日本の霊媒師、アフリカの霊媒師などを必要とするのではなく、私たちは今、神様に直接行くことができます。このような祝福された時代に、私たちは生きています。】
二代王様の御言による教育指導を、2015年1月の時点から真剣に受け止めていれば、今頃は氏族メシヤ王王妃の全員が、神様と直接に通じるようになっていたのです。
真の愛による包容感の原点となる実体験を、たった一人で存在していた神様は霊的に体験しました。その時に実感した神様の包容感包括感から発想された構想理想が、神人愛一体理想となって天宙を創造するようになられました。
その天宙全体が真の愛で包み込んでいる感覚こそ、聖霊の働きによって神様と心情一体となっている感覚なのです。
二代王様は8月20日の台湾礼拝において、神様が創造された天宙・宇宙における真の愛の包容感包括感を、見事に表現し語って下さったのです。
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