先回記事末部より
真のお父様は1990年1月12日のみ言と、2010年4月4日のみ言の中で、神様が真の愛に覚醒する瞬間を「比喩と象徴を用いた詩的文体のみ言」で語られていたのです。
神様は対象の存在に覚醒され、内的性相が主体となり、内的形状が対象となって循環作用が起こるのです。その循環作用にエネルギーが働けば、神様自身に中心が生じて、真の愛の球形運動が発想されるようになるのです。
次回、もっと深めていきましょう。ここで解説している内容は、真のお父様の詩的文体で表現されたみ言に込められている内容です。菅井が神様の本質に入っていると主張し、キリストの如く語っていると批判する方々が多くいますが、キリストである真のお父様が地上に残されたみ言を解釈しているにすぎません。
深めていけば深めていくほどに、お父様の聖霊は菅井を導いて下さるでしょう。どうどうと前に進みましょう。
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真のお父様は、神様の誕生について次のように語られています。
宇宙の根本 第1章 宇宙の根本秩序 1) 神様の二性性相の大展開
神様は何のために、どのように生まれたのでしょうか。愛によって生まれました。宇宙の根本は、どのようになされたのでしょうか。愛の種があり、それが相対を中心として吸収してみたところ、神様自体が性相と形状によって構成されるようになりました。何を中心としてそのようになっているのでしょうか。愛を中心として形成されます。皆さんと同じです。父母の愛によって受けた皆さんの生命の種、一つの細胞が大きくなって今の皆さんが生まれてきたのと同じように、神様もそのように大きくなったというのです。神様も、目が生じ、鼻が生じてこのように生まれました。全く同じだというのです。(207-27,1990.10.21)
神様の誕生も成長も、私たち人間とまったく同じだと語られています。あなたがみ言の意味を解釈し受け止めるとしたならば、どこまで真のお父様のみ言を信じますか。
神様には肉体がありませんので、その観点からは全く同じとは最初から言えません。同じだと言えるならば、それは愛における神様の心の成長ではないでしょうか。
人間の赤子は、自分自身では生きることができません。親が環境を整えて見守っている中で成長していきます。神様はどうだったのでしょうか。神様のみで自存していた段階でも、喜びを感じ取っていました。神様がなぜ喜びを感じることが出来たかと言えば、全知全能の存在者として、永遠に喜びを得て存在できる性相と形状のシステムがあったからこそ、そのシステムを稼働させることで喜びを得ていたのです。
なぜ神様を存在させ得るシステムがあったのかは、私たち人間の知恵や知識からでは思い計ることも出来ません。永遠の神様であり、そのごとくに有って有る神様なので疑問を挟む余地もありません。
このように考えると、人間の赤子と愛の次元では全く同じなのです。一人で存在していた神様は、その存在システムが100%神様の希望や欲望を叶えます。人間の赤子に対しては、親が100%赤子の欲することをかなえようとします。親が完全な愛で環境圏を整えることが出来たならば、赤子はすべての欲望を叶えることが出来るのです。
たった一人の神様が、他の何ものをも意識することなく、自分の願いを叶えることに喜びを得ていたならば、それは愛の次元において、赤子と同様であったということなのです。
神様は性相と形状のシステムの稼働を展開させ、無限の存在として希望欲望が無限大に大きくなるその極点に達する時が来ます。一人の無限の存在としての限界点に達した時に、神様を存在させているシステム自体が神様を愛の存在に導いていくのです。そこで、対象の存在に覚醒した時に、神様はみずからの存在自体が愛であったと悟られたのです。
だからこその、「神様は愛によって生まれました」という真のお父様のみ言が出てくるのです。
神様は、人間とまったく同じように生まれ成長されたのです。真のお父様のみ言に込められた真意は、み言を完全に信じる事から見えてきます。
2010年4月4日に語られた、「宇宙の根本に月暈がなければ解説できません。」というみ言も、1990年1月12日に語られた「神様はゼロの位置、無になり、あそこは120になる」のみ言も、そのみ言を完全に信じるところから紐解けるようになるのです。
2010年4月4日真のお父様のみ言
【太陽があれば、太陽にも月暈(つきがさ)のようなものがあります。それを重要視しなければなりません。宇宙の根本に月暈がなければ、解説できません。】(日暈=ひがさ・ハロ現象)


1990年1月12日真のお父様のみ言
【完全に投入して神様はゼロの位置、無になり、あそこは120になるので、気圧でいえば、ここは低気圧中の低気圧である真空状態になり、あちらは高気圧になるので、ひゅーと循環作用が起きて自動的な発展原則、自動的な運動原則を追求します。それで、絶えず押し込めば、こちらは巻き込むでしょう。自分を包囲するそのようなことが展開するのです。】
このような比喩と象徴の詩的文体のみ言は、様々な受け止め方になってしまうでしょう。しかし、一ヵ所から二ヵ所へ、さらにパズルのようにみ言が関係性を持ちながら、重なれば重なるほど、意味が絞られて明確になり、焦点が合うようになってくるのです。
2010年4月4日に「宇宙の根本に月暈(つきがさ)がなければ解説できません。」と語られたみ言の後半で、次のように語られています。
【神様の教本と教材を作りました。先生は秘密を残さず、すべて教えました。目に見えない無形の神、光の本体となり得る夜の神に代わって自伝を作り、教材や教本を作ったのですから、それ以上の秘密文書はなく、それ以上の明るい歴史はありません】
この月暈を説明する際に語られた、「真っ黒な闇の群れが光の色です。闇と光は同じです。」というみ言から、神様の意識世界と無意識世界のことが想定され、1990年1月に語られた「あちら」と「こちら」が何を指しているものなのかが分かり、このみ言で表現された内容こそが、「神様の誕生」の瞬間であり、「真の愛の起源」そのものなのだということが分かってきました。
神様が愛によって生まれる瞬間のことを、真のお父様は次のように表現しています。
天聖経より
【完全に投入して神様はゼロの位置、無になり、あそこは120になるので、気圧でいえば、ここは低気圧中の低気圧である真空状態になり、あちらは高気圧になるので、ひゅーと循環作用が起きて自動的な発展原則、自動的な運動原則を追求します。それで、絶えず押し込めば、こちらは巻き込むでしょう。自分を包囲するそのようなことが展開するのです。それは何をもってですか。愛をもってするのです。宇宙の根本が愛なので、このような原則により、このように展開されるのです。】
Deepl翻訳
【完全に投入した結果、神はゼロ、無となり、そちらは120となるため、 気圧で言えば、こちらは低気圧の中の低気圧である真空状態になり、あちらは高気圧になるので、シュッと循環作用が起こり、自動的な発展の原則、自動的な運動の原則を追求するのです……。ですから、どんどん押し込めば、こちら側に包み込むでしょう? 自分を包囲するでしょう? そうではありませんか? そのようなことが繰り広げられるのです。それは何をもって?愛をもって行うのです。宇宙の根本が愛であるため、このような原理によってこのように起こるのです。】
この「真の愛の起源」に関するみ言から、「愛の種と生命の種」「性相と形状」に関するみ言や、また「女性の構想」を立てていく内容を語られたみ言など、全てが関連を持って繋がり合い、全てのみ言の真意として合致していくようになるのです。
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