天一国心情圏ブログ

天宙平和統一国の指針!真の父母様の本体論と絶対性教育により天一国市民の資格を得る!

人類が存在しなければ神様も存在しない語られたお父様の心情を切実に受け止めなければなりません!

諸星くると

先回記事重要部分


真のお父様は、日本のアベルカインは間違っていると教え続けられました。しかし、祝福家庭の誰一人として、何が間違いなのかを見出すことができなかったのではないでしょうか。


また真のお父様は、八大教材教本は「見える神様の教本」で、その内容とは違う「見えない神様の教本」があると語られていました。「見えない神様の教本」とは、創造前の神様について明らかにする教本のことです。その「見えない神様の教本」について、「研究しなさい。探しなさい。」と語っておられました。


その答えは、神様の誕生について地上で語られ残された、真のお父様のみ言を解釈することから明らかになる事だったのです。


「見えない神様の教本」に解説される「神様の誕生の経緯」にこそ、真の愛の本質と、アベルカインを勝利する正しい関係を見出す重要な鍵があったのです。


  *****


真のお父様は2010年4月4日に、次のみ言を語られていました。


「夜の世界にいた神自身が創造の神として現れるまで、何億年も過ごしてきました。ですから、最初は見えない神として存在していたことを理解する必要があります。」


そしてその創造前の神様が現れる直前の神様の様子を、比喩と象徴の詩的文体で語られていたのです。


「太陽があるなら、太陽にも月の輪(ハロ)のようなものがあります。それを重要視しなければなりません。宇宙の根本を、月の輪がなければ解説できません。闇があるなら、その闇の群れがあるということです。真っ黒な闇の群れは光です。闇と光は違いません。闇の群れとは光のことです。こんな話、初めて聞きますか?光はどこから生じたのでしょうか?七色を合わせると黒色になります。光は闇の何でしょうか?闇の何かといいますと、群れです。物や光があると群れがあります。それを理解しなければなりません。これから理想世界はどうなるでしょうか?二つが合わさると、闇でもなく昼でもありませんが、水平線に太陽が昇る前にすべてが見えるのと同じです。」


太陽の回りに輪となる日暈(ひがさ)と、月の回りに輪となる「月暈(つきがさ)」は、簡潔に説明すれば次のようになります。

太陽は光を放ち、地球の生命体に生きる環境を作ってくれています。この太陽を、天宙において真の愛を発動している「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の神様に例えています。


その太陽に対して、太陽の周りを囲むように現れるハロ現象による光の輪は、真の愛を受けて生きる人類を意味しています。


それは神様の構想理想を実現することによって顕現するようになります。それに対して月と月暈によって比喩されているものは、まだ光を放つことができない月に比喩したものですから、構想に入る前の段階であることを比喩するものです。真の愛の世界を実現する為の、「聖父・聖子・聖霊の三位一体」と「神様と真の父母の三位一体」の原点となる鍵を、掴んだ段階であることを意味するのです。


その鍵とは、主体と対象が真の愛に絶対服従して一体となるということです。神様は愛の対象を自分に従わせるのではなく、互いが真の愛を中心として、真の愛に絶対服従して愛を与え合う事によって喜びを得ようとされたのです。その重要な天一国を開く鍵を得たからこそ、夜明け前・・・、つまり誕生目前の神様の状態と言えるのです。


それで真のお父様は、次のように語られました。


「では、これから神様は何をなさるのでしょうか?光になることもでき、闇の主になることもできます。その二つが合わさって月の群れのようになります。光があれば、必ず何かがあります。それは闇の群れが光であるということです。光はどこから出るかというと、闇から出ます。光からは出ません。それを理解する必要があります。だからこそ、神様も暗闇の中で月の群れのような時代がありました。神様を知らなかったのです。月の群れの実体があるとき、暗闇にいた神様はその月の群れのようだったのです。男の前にある月の群れのようなものとは何ですか?似ているから合うのです。それは女です。女の前に群れのようなものは男です。それを知らなかったのです。」


神様を太陽に例えれば、ハロ現象による虹色の光の輪は、個性真理体として誕生する人類を意味しているのです。それに対して月の輪となる月暈は、人類を構想する前の神様の愛する対象としての個性真理体の群れとなるのです。


月暈については2010年4月28日のみ言で、さらに詳しく解説しておられます。


「日差しが当たると、影ができます。自分の形に似た影ができるのですが、日差しの当たる角度によってその形は変わります。そういった反対の像がなければ、存在しないということです。「月暈(つきがさ)!」を考えましょう。「月暈!」の群れとは何ですか?模様(文様)のことです。月暈については、月を見て悟るということです。丸いものだけが好きなわけではありません。こうやって見ると、大きく見えたり小さく見えたりします。」

「私の心の中で『月が大きくなる』と思うと、大きく見えます。地球から月まで38万キロありますが、近くにあるかのように大きく見えます。心で見て『大きくなる』と思えば、月よりも暈の方が大きく見えます。月暈だからと言って偽物というわけではありません。私の立場によっても、大きくなったり小さくなったりします。千差万別で、向き合う立場が違えば、暈を感じることも全く違うので、視点も違えば話す感じも違うのです。


神様は愛し合う対象である人類が、このみ言で比喩される影のように一体となっていなければ、存在していないと同じです。月暈を見れば、薄明りの輪になっていますが、このみ言では構想理想において構築されるであろう、人類の個性真理体の集まりとしての輪に例えられているのです。


闇は神様の本性相の知情意を例えており、本形状のエネルギーが働き、神様の意識上に思考展開を顕現させます。ですから、本性相が夜の神様そのものとしての闇と例えられ、そこから光が出てくると語られているのです。つまり、本性相において構築された構想理想に従い、本形状のエネルギーが万有原力となり、光の世界である被造世界を創造し顕現させるようになって行くのです。


真のお父様は2010年以降、「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」を展開していくとともに、創造前の神様についてのみ言を語り続けてくださっていたのです。


その創造前の神様が、心情の神様・真の愛の神様として誕生する経緯から、祝福家庭は真の愛の本質を理解しなければならなかったのです。そこにこそ、アベルカイン一体の勝利のポイントがあったのです。


そのことを理解できずに、祝福家庭はアベルカイン一体の勝利基準を立てることができませんでした。当然、母子協助の失敗とサタンは見なし、真の母を奪うのは当然のことです。


祝福家庭はアベルカイン一体の条件を立てることができませんでしたが、祝福家庭に代わってカインアベル一体の勝利基準を立てた亨進様と国進様の勝利的条件により、康賢実女史を真の母として立てる道が開かれたのです。


私たち祝福家庭はその事を悔い改めて、今こそ、創造前からの神様の誕生の経緯を理解しなければならないのです。



5.真のお父様が明らかにしている絶対服従性の起源!四巡目「真の父母様の本体論」



6.天一国を開く鍵を得て神様は誕生した!四巡目「真の父母様の本体論」



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