低レベル批判での自滅を踏み台に私たちは創造前の神様・真の愛の起源へと飛翔していきましょう!
三原さんに続いて、次のエログロ主張者はロードさんですね。ロードさんの記事を見て行きましょう。
**サンクチュアリアンのエッセイブログ11月27日記事より**
エログロ 菅井教

菅井教で使用している挿入図ですが、
何のために赤い矢印を
書き加えたのでしょうか。
ダビンチのデッサンまで侮辱しています。
お父様や二代王様が生殖器の図を用いて
み言を語られたことがありましたか。
下品な図は不要です。
日本サンクチュアリ協会の教えで、
この図を使っていると誤解されるので
困っています。
はっきり言って迷惑です。
by ロード
**引用終了**
面白いことにロードさんは、記事文面で「何のために赤い矢印を書き加えたのでしょうか。」と問いかけています。
私のパワーポイント資料の1ページから、わざわざレオナルド・ダ・ビンチの男女咬合図のみを切り抜いて、矢印の意味を分からなくしたうえで、記事で問うているのですからその頭脳の程度が分かってしまいます。

私のパワーポイントのページには、男女咬合図とともに「くり」の断面の写真が載っていて、そこにも矢印があります。その矢印の意味は、同じそのページに掲載した真のお父様のみ言から分かるようになっています。
ロード氏をはじめ、三原氏・堀氏は男女咬合図にのみ意識が行ってしまい、「包み込んで来た」という言葉から、男性器が女性器に包まれる状態から、強く刺激を感じてしまうのでしょう。
私は誰が見ても堕落性を帯びた感情が湧き出ないようにと、レオナルド・ダ・ビンチの身体の臓器まで描かれた男女咬合図を選びました。ダ・ビンチの、肉体の構造への真剣な探求姿勢が伝わってきます。男性器には二つの管が描かれており、一つは脊髄から、もう一つは膀胱から通っています。ですから、精液が通る管と尿が通る管として描いたという説明もあります。
また、下の導管は睾丸から出てくる精液を、上の導管は性器官の奥から運ばれてくる精神力を表していると説明されてもいるのです。つまり、生殖には精液だけではなく、精神的な物質も必須であるいう考えなのです。最終的に魂の中枢から出てくる物質は上等な性質のためのものであり、一方睾丸から出てくる精液は、どちらかというと下等な感情の動きの誘引であるというが、これは闘志のような性質の誘引であるというのです。
このように解説する学者もいるほど、ダ・ビンチは真剣に人体の構造を追求して描いたのです。ですから、見る者の性的な欲望を刺激するような要素は無いと判断して用いたのです。それでも勝手に刺激を受けて情欲を感じてしまうものがあるならば、それは厳しく言えばその人は、異性の何気ない行動からでさえ、そのような衝動的感情を持ってしまうということです。
このパワーポイント資料に解説された内容に戻りますが、まずは真のお父様のみ言です。
宇宙の根本 第2章人間創造と愛の理想の完成 1)愛の絶対価値 ①人間の男性と女性
「神様の愛と人間の愛がいつ一つになるのかということが問題です。これが歴史的な問題であり、宇宙創造以降の重大な問題です。これが解決されない限り、宇宙の根本が解決されない限り、絶対に結果が解けないのです。真の愛を中心としては、神様は核の位置に立たなければなりません。それでは、アダムとエバは何でしょうか。アダムとエバは、核を包み込む二つのかけらと同じです。皆さん、くりのようなものを見れば、二つのかけらになって胚芽を包んでいるでしょう? それと同じように、神様を核として、男性と女性が愛を中心として完全に一つになるのです。」
アダムとエバが絶対性で結ばれ、生殖器の凹凸が一体となった様相を、真のお父様は「栗」に例えて語られました。その男女生殖器一体の様相を「栗」の写真と、レオナルド・ダ・ビンチが描いた「男女咬合の図」で表してみました。
アダムとエバが祝福を受けて初夜を迎え、絶対性によって生殖器が一体となるその愛の喜びが、神様も共に実感することによって、神様の心情は真の愛の発動源として完成基準に至ります。アダムとエバも四大心情圏を成就し、神様の息子娘を産み増やしていくことによって、天一国に盤石な霊的基盤として拡大展開していくようになるのです。
アダムとエバの初夜の愛の完成により、神様の血統が始まり、天一国の基点となったはずでした。そこが、神様の創造の業が目指した結実ですから、この絶対性による真の愛の成就を構想するに至った、その原点となる神様の体験こそ宇宙の根本となっているのです。
アダムとエバが結ばれる外的形状からだけでは、その絶対性の現場で何が起こっているのかは分かりません。神様の構想理想から見れば、アダムの生殖器に神様が住まわれることを通して、その肉的感覚も霊的感覚も神様はアダムと共有します。アダムはエバを心と体で愛を表現して包み込みますが、さらに神様が天宙を自らの体として二人を愛で包み込んでくるのです。その時にアダムとエバも、天宙に包み込まれる感覚を、聖霊の働きを通して体感するのです。
それは二代王様が語る善なるホルモンが流れる状態であり、最上の生素と生力要素が授受作用する場なのです。
この絶対性はアダムとエバだけのものではなく、祝福家庭の夫婦が生涯に渡って続け体感していくものなのです。
このような絶対性の絶大な人類への恩恵を、神様が生殖器に組み込む構想理想を発想できた神様自身の体験があるのです。
この神様の体験がどのようなものであるのかを理解することによって、私たち祝福家庭は本当の意味での絶対性の意義と、真の愛の本質がつかめるようになってくるのです。
その神様の体験を、真のお父様はみ言で語られています。
宇宙の根本 第1章 宇宙の根本秩序 3)宇宙の根本は愛である ①宇宙の中心は愛である
神様が天地を創造される時、どのようにされたのでしょうか。神様の相対になることができるのは、人しかいないのです。それで、自分を100パーセント投入されました。それでは、知恵の王なのに、なぜ投入されたのでしょうか。完全に投入して神様はゼロの位置、無になり、あそこは120になるので、気圧でいえば、ここは低気圧中の低気圧である真空状態になり、あちらは高気圧になるので、ひゅーと循環作用が起きて自動的な発展原則、自動的な運動原則を追求します。それで、絶えず押し込めば、こちらは巻き込むでしょう。自分を包囲するそのようなことが展開するのです。それは何をもってですか。愛をもってするのです。宇宙の根本が愛なので、このような原則により、このように展開されるのです。(196-322, 1990.1.12)
このみ言を語られた1990年1月12日のみ言全文を読んでも、「あちら」と「こちら」が何を意味しているのかは説明されておりません。
これは真の愛を神様が初めて体感した状況を、比喩と象徴のみ言で語られたものです。このみ言でも、神様が包み込まれた体験を「自分を包囲する」と表現しています。その前に引用してあるアダムとエバの絶対性一体を、クリの実の構造に例えたみ言でも、「胚芽を包み込んでいる」と表現されています。
永遠普遍無限大の神様を包み込んで来たのは何なのか。「あちら」とは何を表現したみ言で、「こちら」とは何を意味しているのかということが、私たちでも理解できるように他の場所、別の時間で語られたみ言に散りばめられているのです。その繋がりを見出すことによって、真のお父様がすべて語って有ると言われた、神様の誕生の全貌が見えてくるのです。
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