「先生のみ言葉の中で教えなかったことはありません」それゆえに神様の誕生の経緯が分かるのです!
先回記事重要部分
二代王様は「主」と「再臨主」とは、「神様の無意識世界、見えない心情世界を表現する実体として出てこられた」と語られています。つまり、真のお父様もイエス様も神様の御言の実体だという事になります。
**2021年7月28日二代王様水曜礼拝み言より**
ヨハネによる福音書1章です。
1:1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2この言は初めに神と共にあった。
1:3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
1:4この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
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その言(ことば:ロゴス)を通して私たちは神様、お父様を見るようになります。神様のひとり御子、息子を見たとき、私達は神様が送られた、その御言から起こった、出てこられた、神様から出てこられた神様を見るようになります。会うようになります。
その(ことば:ロゴス)を理解すればするほど神様も理解するようになります。そのひとり御子(独生者)の息子を理解すればするほど、送られたお父様、天のお父様を理解するようになります。とても不思議な比喩です。不思議な御言です。ヨハネによる福音書1章の御言は。
ですから、わかりやすく言えば、神様の心、神様の無意識世界、見えない心情世界を表現する実体として出てこられた主と再臨主、イエス様と再臨のイエス、真のお父様に会うことによって、分かることによって、私たちは神様の無意識世界と世界を分かるようになります。
これは驚くべき事ですね?
**引用終了**
真のお父様はどのような経緯を通して、御自身が神様の無意識世界から、実体として出て来られたでしょうか。
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真のお父様が地上界に生きておられるうちに、見えない神様の教本、つまり創造前の神様について話しておられました。それも創造前の神様の誕生の経緯が、完璧なまでに理解できるように語り尽くしておられたのです。
亨進様が2012年1月29日に、「夜の神様昼の神様」の解釈を公表して三ヶ月後の4月15日、真のお父様は劉正玉会長に次のように命じています。
2012年4月15日真のお父様のみ言
「劉正玉!(はい!)本体論教育は劉正玉!(はい)本体論教育は劉正玉が責任をもったでしょう?(はい) - 中略 -今回の話の中で本になかったこと、あなたが言いたい事、先生が話さないようにとしたものまでも全てしてしまいなさいというのです。先生のみ言葉の中で教えなかったことはありません。すべて話しました。」
亨進様により「夜の神様昼の神様」の解釈が発表されたことで、それまで全祝福家庭が学んで来た「原理講論」の真実が浮かび上がるようになっていたのです。
原理講論には間違いがあると、真のお父様は語られていました。しかし、どこが間違っているのかは明確にされることは有りませんでした。
1995年真のお父様の年頭のメッセージより
原理講論は劉協会長が書いたのではありません。1ページ1ページ鑑定を受けたのです。私が成したことに手を付けることはできません。ありとあらゆるものが、皆そろっているのです。間違っていたとしても、それを知らないのではありません。間違っているところ何カ所かを、そのままにしておかなければならないのです。すべて教えてあげるわけにはいかないのです。(『ファミリー』1995年2月号、63頁)
その間違いがどこにあるのかを明確にして公表されたのは、亨進様が三代王権の二代王になられてからの2021年3月23日でした。
【ですから、原理講論の内容だけを見ると、我々はメシアに対する低いキリスト論を持っているのです。メシアを神として見なかったのです。女性から生まれた人としては見ましたが、神としては見なかったのです。お父様が夜の神、昼の神の神学の内容を明らかにされた時、お父様はそのキリスト論を昇格させられたのです。「いや、お父様はメシアなので特別だ。ただの人間ではない。お父様は神から来られたのであり、夜の神から来られたのだ。創造以前の神から来られた。」ということです。つまり、キリストは創造以前から神と一緒におられたということなのです。】
原理講論のキリスト論では、真のお父様を私たちと同じ人間だと教えました。原罪無く生れ、愛の人格を完成した人間なのだと。
しかし二代王様は、生心に夜の神様が臨在し、神様そのものである真のお父様の様相を明確にされたのです。
もっとも重要なキリスト論に、間違いがあると公表されたのです。
真のお父様は「原理講論」の間違いについて、祝福家庭が見つけ出すことを期待しておられました。ですから、御自身では間違いを指摘せずにいたのです。そして、何故間違っている部分をそのままにしておかなければならないのかは、原理講論に秘められた蕩減復帰を永遠に明確に記録しておくためです。
原理講論の最も重大な誤りは、メシアを神として見なかったことです。その真実は、本来は祝福家庭がアベルカイン一体を勝利し、メシヤの為の基台を立ててこそ、初めて公表できるものだったのです。それが祝福家庭の誰一人として出来なかったがゆえに、真のお父様は最終的に末子・亨進様に託さざるを得なくなったのです。
ほとんどの食口の方々は、中心性一体化でアベルカインを何度も勝利して来たと、自分が走って来た摂理に精誠を尽くしてきたと思い込みたいのが当然でしょう。しかし、最終的には外的な実績のすべてが奪われたのです。私たちの統一教会・家庭連合時代の摂理的活動は、取り組む当初から間違っていたのです。
私たち祝福家庭の一人一人の心は、真っ黒なまま今日に至っているのです。それが何ゆえかと言えば、アベルカイン一体の摂理路程を通して、勝利することが出来なかったからです。
真のお父様は日本のアベルカインは間違っていると語り続けられ、最終的には2012年8月2日に、「皆、詐欺師だ」と嘆かれて聖和に進みました。しかし、その聖和は誰かの犠牲となった聖和ではないのです。詐欺師と言わざるを得ない幹部たちや、そのもとにある祝福家庭までをも、罪を無かったことにして天一国に入れてあげることのできる道を開かれていたからこそ、霊界から指導できる道まで開いて行かれたのです。
先回記事の最後に、次のように記述しました。
「このみ言に表現された比喩と象徴の意味合いを解説していきましょう。」
たった一人で存在していた神様が、愛によって生まれる経緯を、真のお父様は語っておられました。しかし、一筋縄では紐解くことのできない、難解な比喩と象徴を用いた詩的文体で語られた内容です。
これまでの間違ったアベルカイン一体の概念のままで、意味を理解しようとしても、自分の思考の中に入ってこないのです。
ですから今回の記事は、これまで築いてきた自分の神観キリスト観アベルカイン観を捨て去って取り組まなければ、創造前の夜の神様について理解できるものとはならないという事を訴える記事になりました。
原理講論には間違いがあるという事は、真のお父様が語っていたことです。また二代王様も、キリスト論に間違いがあると明確にされました。
真のお父様はなぜ間違いがある原理講論を、そのまま祝福家庭に学ばせたのか?その真のお父様の意図までも、私たちは研究し突き止めなければならないのです。
二代王様も国進様も、ただ信じればよいなどとは語っておられません。議論を闘わせて、より真実真理を明らかにすれば良いと語っておられます。なぜかと言えば、信じただけでは解決しないのです。聖霊を心に迎えるには、信じるだけではなく兄弟姉妹関係を本然のものにしなければならないのです。
アベルカイン一体とは、心に堕落性があるがゆえにサタン分立路程となるのであり、堕落性が分立されれば自然で本然な兄弟姉妹の関係性です。
今はもう、本然の兄弟姉妹として関係性を築く時代になっています。亨進様と国進様が祝福家庭に代わって、カインアベル一体を勝利しておられますから、その姿勢を相続し実践するだけで本然の関係性が築かれるようになっているのです。
そのことこそが、真のお父様の完全勝利なのです。二代王様の本質的指導を理解して実践するだけで、三代王権の勝利を呼び込むことが出来るのです。
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