真っ黒な心の私たちが生素を吸収する為の第一歩へ進もう!
先回記事末部より
ですから今回の記事は、これまで築いてきた自分の神観キリスト観アベルカイン観を捨て去って取り組まなければ、創造前の夜の神様について理解できるものとはならないという事を訴える記事になりました。
原理講論には間違いがあるという事は、真のお父様が語っていたことです。また二代王様も、キリスト論に間違いがあると明確にされました。
真のお父様はなぜ間違いがある原理講論を、そのまま祝福家庭に学ばせたのか?その真のお父様の意図までも、私たちは研究し突き止めなければならないのです。
二代王様も国進様も、ただ信じればよいなどとは語っておられません。議論を闘わせて、より真実真理を明らかにすれば良いと語っておられます。なぜかと言えば、信じただけでは解決しないのです。聖霊を心に迎えるには、信じるだけではなく兄弟姉妹関係を本然のものにしなければならないのです。
アベルカイン一体とは、心に堕落性があるがゆえにサタン分立路程となるのであり、堕落性が分立されれば自然で本然な兄弟姉妹の関係性です。
今はもう、本然の兄弟姉妹として関係性を築く時代になっています。亨進様と国進様が祝福家庭に代わって、カインアベル一体を勝利しておられますから、その姿勢を相続し実践するだけで本然の関係性が築かれるようになっているのです。
そのことこそが、真のお父様の完全勝利なのです。二代王様の本質的指導を理解して実践するだけで、三代王権の勝利を呼び込むことが出来るのです。
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真のお父様のみ言も二代王様のみ言も、より本質的な内容になるほど、比喩と象徴を用いた詩的文体で語られるようになります。そのことは真のお父様が原理原本を完成させた際に、読む際の、さらには理解する際の注意点として語ったものです。
創造前の神様は、私たちが生きる三次元世界からでは、想像もできないほどの多次元世界に存在しておられました。真のお父様が語られたみ言は、夜の神様自身が体験した内容を語っている事になりますが、三次元世界の表現でしか語れないので、当然のように比喩と象徴を用いて表現せざるを得ないのです。
そのみ言を受ける私たちが、三次元で生きている感覚感性にしがみついているようでは、到底真のお父様のみ言も、二代王様の御言も理解できないまま、自分なりに解釈してしまっているという事になるのです。
先々回記事で紹介した2010年4月4日の真のお父様のみ言は、創造前の神様が創造主として現れるまでの事を語られた内容です。三次元世界に生きる人間が受け止められる言葉で語られますから、そのまま受け止めても理解できた気分にはなれるのです。しかし、言葉と言葉の繋がりから、そこに比喩と象徴による表現があるのだと悟れた時から、本然世界の真理への追及が始まるのです。
**2010年4月4日米国ネバダ州ラスベガス天和宮抜粋引用**
夜の世界にいた神自身が創造の神として現れるまで、何億年も過ごしてきました。
ですから、最初は見えない神として存在していたことを理解する必要があります。神も成長してきたのです。無形の神が育って形を備えた立場に立ったわけです。見えない核が見える対象として現れたものが創造主ということです。
見えない夜の神が動機となり、根として、見える神として現れるにはどうする必要があったでしょうか。見えない地下の基準から地上に繋げられるものが根です。木と同じです。
実体としてアダムとエバを創造しましたが、アダムとエバとは主体と対象、親子関係の縁を中心にして、横の基盤である水平世界において一つにならなければなりませんでした。
結婚した夫婦が一つにならなければ、霊的な夫婦も生まれません。無形の神も父となり、母として生まれるのです。神の身体に代わって作られたアダムとエバも育って一つになる必要があったのです。
今日でも、神が人間を息子や娘の立場に立たせ、親子関係の縁が成立することで、その基盤の上で男と女が一つになることができます。神との親子関係が成立したあとに、夫婦関係が成立するのです。それが愛の家庭として成長していくのです。
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この抜粋したみ言の冒頭で、「夜の世界にいた神自身が創造の神として現れるまで、何億年も過ごしてきました。」と語られています。すでに気付かれる方もいると思いますが、創造前の神様には三次元のような時空間は有りません。
しかし、「何億年も過ごしてきました。」と語られています。つまり、永遠にも等しい歳月を過ごされてきたという事です。説明するにも、「歳月」という三次元の言葉を使いました。それほどに創造前の神様について、三次元世界で生きている人間に伝えるのは、難しいものだという事なのです。
そのような難しさを踏まえた上で、次のみ言の重要性が受け止められるようになるのです。
【ですから、最初は見えない神として存在していたことを理解する必要があります。神も成長してきたのです。無形の神が育って形を備えた立場に立ったわけです。見えない核が見える対象として現れたものが創造主ということです。見えない夜の神が動機となり、根として、見える神として現れるにはどうする必要があったでしょうか。見えない地下の基準から地上に繋げられるものが根です。木と同じです。】
たった一人でおられた神様は、自分の存在の喜びを追求していました。この「たった一人」という表現も、本来は創造前の神様の存在様相を伝えるには誤解が生じるのです。神様にはまだ、主体と対象という存在様相を想定することも出来ない状態なのです。
なぜなら、神様の対象となる本形状の前段階エネルギーは、その存在を絶対的無としながら、神様の本性相の知情意の機能を働かせるために作用していたのです。機能と作用が完全一体となり、エネルギーはその存在を絶対無としていたのです。
皆さんにおいても、自分の体を存在させている分子・原子・素粒子の活発な活動を感じ取れるものではないでしょう。今まで人間が物理学などで研究して来た成果として、私たちはエネルギーの存在を知ることのできる恩恵にあずかっています。
ですから、自己中心的でおられた神様には、対象は絶対無としての存在として、主体である神様の性相そのものとなっていたのです。そこに「対象の為に生きる」などという概念は、微塵も浮かび上がらない状態なのです。
そこから夜の神様は、「対象の為に生きる」という心の動機を手に入れる経験をするようになるのです。この神様の経験を具体的に理解することにより、私たちは初めて「真の愛」とは何なのかを理解できるようになるのです。
「神様も成長して来たのです。」と、真のお父様は語られています。神様の成長を、そのまま対象となる人間に、実体的に表示したものだと語られています。
1933年12月21日「四大心情圏と三大王権」より
【だから、神様自体がずーっと成長してきた内容を中心に、それをさらに展開しようとするのです。それは子女として、子女の形で、子女の心情、それから兄弟(姉妹)の心情、夫婦の心情、父母の心情という四大心情を中心として展開するのです。神様自体がそういう過程を通過してきたのだから、それを表面的に実体として展開していくのです。それは子女の立場で始まるのです。子女がどんどん大きくなって兄弟(姉妹)になり、兄弟(姉妹)が大きくなって夫婦になり、夫婦関係でもってある期間を通過しながら、父母になるのです。その内容のすべては、神様がずーっと成長してこられた内容を実体的に表示したものであり、だから神様自体が、どのようにして大きくなってきたかということを、アダムとエバを通して実体的に体恤するのです。】
神様が自己中心的な状態から、「為に生きる真の愛」を体恤していく過程が、そのまま人間に成長として表示されるようになるのです。
真のお父様は「夜の神様が動機となり」と語っていますが、どのような動機なのかは解説していません。その動機が根となって、見える神様・・・つまり真の父母として現れるようになります。根とは栄養を吸収し、地上の木を豊かに成長させる役割を担っています。
このことから、夜の神様が獲得した動機が、神様を成長させることになり、それをアダムとエバが体恤できる環境を整えたという事になります。そこまで語りながら、成長させるものが何であるのかは明らかにしていません。
心の動機がどのようなものであり、その動機によって吸収されるものが何なのかについては語っていないのです。
真のお父様はみ言を食口に与えるだけではなく、自分自身で受け止め研究し、探し出すようにしてくださっていたのです。
真のお父様のみ言も、二代王様のみ言も、語られたその場で完結するものではなく、受ける側である私たちの精誠と信仰と研究努力によって、一人一人の心の内で完結するようになっているのです。
皆さんには、み言を自分の心の内で、完結まで模索したり研究したりした経験があるでしょうか?
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