天一国心情圏ブログ

天宙平和統一国の指針!真の父母様の本体論と絶対性教育により天一国市民の資格を得る!

真のお父様の「女性を先に構想した」というみ言をないがしろにする方々を明確にしましょう!

諸星くると

先回記事末部より


  **2004年7月8日真のお父様のみ言「真の愛の絶体価値」より**


 神様は男性的主体ですか、女性的主体ですか。男性的主体なので、神様が喜ばれる女性格が神様にあるでしょうか。ないのです。ですから、愛という問題を中心として、男性格主体が絶対価値観を立てて主体となるためには、女性に橋を架けて絶対的に一つになり得る内容がなければなりません。


 先有条件として、神様が男性を造られるときに女性を手本にして造られたとすれば、先に創造されたのは男性ですか、女性ですか。


 建築するときに、ブループリント(青写真)があります。ブループリントのとおりに実体を造るようになっているのですから、ブループリントを先に書き始めたのですか、実体構造的なものを先に造り始めたのですか。実体はブループリントに従って造るのですから、創造の前の先有条件は女性なのです。ですから、このような見えない存在を保護する責任者として、男性を造られたのです。そうだとすれば、女性は気分が良いですか、悪いですか。それゆえに、ここで一番の問題になるのは、人間世界はそのことを知らないということです。


 その次には、「上下関係は、父子関係だ」と言います。孔子もそれを言いました。上下は父子関係、左右は夫婦関係、前後は兄弟関係です。上下関係も、「上」を語るためには、先に「下」を認めてから語らなければならないのです。上だけで「上」と言うことはできません。先有条件として認めなければならないのが「下」です。「下」を認めてから「上がこうだ」となるのです。すべての存在の先有条件は、見える実体よりも見えない心的形態基準でなければなりません。


  **引用終了**


このみ言で真のお父様は、「創造理想の思想的な根本、その三元素とは、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。」と語られています。


この「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」の原点を神様は体験的に獲得し、真の愛への覚醒に至ったのです。


そしてこの最も重要な真実真理を理解する為に重要なのが、神様は女性を先に構想したという事です。


この事実こそ、神様が絶対主体でありながら、「真の愛に絶対的に服従して生きたいと願う心情の動機」を獲得し、絶対対象にも立てるようになった事実があるのです。


真のお父様が地上に残していかれた創造前の神様に関するみ言の、真意を解説しようとするときに、妨害するために激しく襲ってくる霊的勢力を砕くために、今回はこの内容にしました。


  *****


夜の神様は心の見えない宇宙・・・、つまり神様の意識世界に顕現する思考と情緒圏において、存在意義を感じ取っていました。たった一人で存在していた夜の神様は、二性性相の構造・・・つまり性相と形状が授受作用している様相でしたが、形状はその存在を絶対的無として働いていました。


夜の神様の心の知情意の機能に作用して、思考展開や情的衝動が起こるようにするエネルギーが形状でした。エネルギー自体の存在を完全なる絶対無としてこそ、夜の神様は思考や情緒を自然に感覚できていたのです。


たった一人の神様の性相と形状は、完全一体であり分かれた存在ではなかったのです。夜の神様が思考展開する為に、性相の機能と形状からの作用は一体となって働いてこそ、そこに神様の思考や情緒が意識上に顕現し展開していたのです。


つまり、その段階の神様には、対象と言う存在は有りませんでした。当然、主体と言う自覚も、神様にはありません。


この完全一体であった性相と形状を、主体と対象に分立して、それを一体化し授受作用を展開して新たな個性体を出現させる為には、分立した主体と対象を一体とする方策を見出さなければ、分立することは出来ないのです。


たった一人で存在していた神様において、その存在を絶対無としていた形状のエネルギーが、その存在様相を神様の前に現わさなければ、神様には主体対象と言う発想さえ湧き上がらないのです。


なぜなら、形状はその存在を絶対無として、性相と同化して働くことが、神様が絶対者として全知全能の存在であることを可能にしていた核心的構造であったからです。


そのような全知全能の絶対者として存在意義を感じ取っていた神様が、どのようにして絶対無としての存在の形状に、相対と言う意識を持てるようになったのかということが、神様が真の愛を求める神様となられた秘密・奥義を解明する鍵となるのです。


そしてそのことについて、真のお父様はすべて比喩と象徴を用いた詩的文体のみ言で、地上に残していかれたのです。


人間的な知恵で紐解こうとしても、創造前の神様について語られたお父様のみ言を理解することは出来ません。


比喩と象徴の詩的文体を、誰しもが理解できる文章にしている菅井睦雄を、悪魔だサタンだとののしる方々は、御自分でも気付かないうちに真のお父様を批判し、真のお父様をサタンだの悪魔だのと言っているのと同じことになっているのです。


この記事では比喩と象徴の詩的文体の解明よりも、それを解明させまいとして真のお父様までをも批判している方々の実体を確認していきましょう。そうしなければ、解明した本質的真実真理を掲載できるような、にほんブログ村サンクチュアリ教会カテゴリーにならないと思うからです。


さて、先回の記事で、男性よりも先に女性を構想したという真のお父様のみ言を掲載しました。先回の記事では「創造理想の根本的思想の三元素」について語られた2004年7月9日のみ言を抜粋引用しました。


三元素とは「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」のことですが、この内容を理解するには、神様が女性を先に構想したという、いわゆる女性先惟論を理解しなければなりません。これは真のお父様が明らかにしている内容だという事です。


私に対して批判し誹謗中傷を止めない方々は、「女性先惟論」をサタンの思想だと主張しています。はっきりと真のお父様が明確にしている真実真理なのだという事を、ここで確認してください。


  **2004年7月8日真のお父様のみ言「真の愛の絶体価値」より**


 神様は男性格主体ですか、女性格主体ですか。男性的主体なので、神様が喜ばれる女性格が神様にあるでしょうか。ないのです。ですから、愛という問題を中心として、男性格主体が絶対価値観を立てて主体となるためには、女性に橋を架けて絶対的に一つになり得る内容がなければなりません。


 先有条件として、神様が男性を造られるときに女性を手本にして造られたとすれば、先に創造されたのは男性ですか、女性ですか。


 建築するときに、ブループリント(青写真)があります。ブループリントのとおりに実体を造るようになっているのですから、ブループリントを先に書き始めたのですか、実体構造的なものを先に造り始めたのですか。実体はブループリントに従って造るのですから、創造の前の先有条件は女性なのです。ですから、このような見えない存在を保護する責任者として、男性を造られたのです。そうだとすれば、女性は気分が良いですか、悪いですか。それゆえに、ここで一番の問題になるのは、人間世界はそのことを知らないということです。


 その次には、「上下関係は、父子関係だ」と言います。孔子もそれを言いました。上下は父子関係、左右は夫婦関係、前後は兄弟関係です。上下関係も、「上」を語るためには、先に「下」を認めてから語らなければならないのです。上だけで「上」と言うことはできません。先有条件として認めなければならないのが「下」です。「下」を認めてから「上がこうだ」となるのです。すべての存在の先有条件は、見える実体よりも見えない心的形態基準でなければなりません。


先有条件


 「右側」という言葉を語る前に、「左側」を認めるのです。「上」という言葉は、「下」を認めてこそ成立します。「前」を語るのは「後ろ」を考えてからです。ですから、人も、男性を創造される前に女性を先有条件としたということは、理論的に妥当な話です。


 「先有条件」と言ってみてください。神様が創造されるときに、男性を最初に造ったとしても、男性ばかりを考えて造るのではありません。女性という見えない形態を手本にして、それに合うように造られたのが男性なので、男性は女性のために造られたのです。創造の出発点は男性でしょうか、女性でしょうか。どちらが最初ですか。女性です。


 日本の国がある前に、先有条件として日本の先祖がいたのです。日本の先祖と韓国の先祖は、元は一つであったものが別れたのです。


 重要なのは上、中、下の「中」です。一、二、三の中心である、二番目が最も重要です。三つが一つにまとまり、球体が形成されるのです。中、二番目が必要なのです。すべてを統一して完成させるものが中心なのです。線は二点を結合させるものであり、線が中心点を基点として、あらゆる方向に回れば立体世界ができます。


 サッカーボールを見ると、不思議です。どうして丸くなっているのでしょうか。中心がなければ、横に出っ張ったり、東西南北、すべての方向に自由自在に出たり入ったりするので、球体になりません。中心があるから球体になるのです。中心点とは交差点、無限に通過できる一点です。


 ですから、先有条件を忘れてはいけません。女性は、「神様が創造されるとき、女性を最後に造った」と言って嘆いてはいけません。男性を造る前に、先有条件として女性が先にいたのは間違いない話です。それは、女性が、絶対的に男性を必要とするようになっているということです。


 絶対価値観とは何でしょうか。子供は、生まれるまでは何の価値もありませんが、生まれたとたんに父母を愛の主人にしてしまうのです。父母を、すべての中核になり得る愛の主人にするのが、生まれてくる子供です。「オギャー」という声とともにそれが始まるのです。子供は、教えなくても、母親の愛を求めておっぱいを飲むように、きちんと相対的に分かるようになっています。絶対価値観が感覚で分かるようになっているのです。


 男性を愛の主人にするのは女性です。いくら幼い弟でも、いくら強い兄でも、兄を愛の主人にするのは、兄自身ではないのです。何も知らない幼い弟が生まれることにより、虎のような兄でも、主人の立場に立てられるようになるのです。


 子供がいなければ、父母が愛の主人になれる道はありません。兄がいるから、弟は兄を愛するのであり、妻がいるから夫が愛の主人になれるのです。おばあさんには、おじいさんが必要であり、相対が絶対に必要です。「誰か一人を抜いてしまってもいい、別れてもいい」と言うことはできません。一体圏を成して安着するのです。子供も、親も、夫も、妻も、兄も、弟も、すべての人が四位基台をつくって三大相対理想圏を成し、共に完成させる主人だ、という観念をもたなければなりません。これが崩れるのを願う人はいないので、絶対価値観は永続するようになっています。ですから、絶対価値観により統一世界がつくられるのは、間違いのない結論です。


 父母を愛の主人にするのは、子供以外にはいないのです。妻を愛の主人にするのは、夫以外にはいません。男性を、女性世界を愛する主人にするのは、妻しかいません。兄を愛の主人にするのは、弟以外にはいないのです。


  **引用終了**


三代王権天一聖殿ブログの三原氏は、「女性先惟先感神学」と名打って、誰が説いている神学なのかも定かでない論説を上げて、真のお父様の「女性が先に構想された」と言うみ言を否定しています。ヤマトの光氏は、女性を先に構想するなどあり得ないと言って、私に対して批判する側に回りました。堀氏やロード氏は、その二人の主張する論調にならって私を批判しています。


神様を男性格と位置付ける為に、女性が先に構想され、その女性を手本に男性が作られたと、真のお父様は語られています。


これは夜の神様が、自らの性相の思考展開や情緒圏の根底に潜んでいた「真の愛に絶対服従して生きたいと願う心情の動機」を、意識世界に浮かび上がらせて思考展開の中心におくために、対象となる女性が必要であったという事なのです。


このことについては、次回からの記事で詳しく説明していきたいと思っていますが、まず、霊界や人々の心情圏を曇らせている「み言批判勢力」の存在を明らかにしなければなりません。


諸星くると、本名・菅井睦雄を滅ぼしたいがゆえに、真のお父様の「女性を先に構想した」という、もっとも本質的な真実真理を誹謗中傷した方々を明確にしたいと思っています。


このことに反論があり、真のお父様の「女性を先に構想した」というみ言の真意に対して、なにか言いたいことがあれば、コメント欄でも良いし、それぞれのブログでも良いので主張してみたらよいのではないでしょうか。



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