第17回ポイントセミナー「『絶対性』とは果たして如何なるものなのか?」
先回記事末部より
本形状の備える本性相に対する「絶対服従性」から、その授受作用によって「包容感」という喜びを実感したのです。それが本形状という対象の存在への覚醒となり、包み返す対象を得たいという衝動が込み上げるようになるのです。そこにこそ、宇宙の根源があるのです。
つまり、包み込まれる実感から対象世界の創造へと発展していくのです。永遠普遍の無限大の神様が包み込まれる実感を得たことによって、個性体の存在という発想が生じたのです。そして、その個性体として神様を包み込んでくる女性の個性体が構想されるのです。
ですから、宇宙創造の出発点は凹凸という関係性を発想する切っ掛けとなった、包み込んでくる側の対象世界への覚醒から、真の愛の世界の構想が始まったという事になるのです。
その意味で、凹が先にあり、女性が先惟されて、女性に合わせて男性をつくったという事になるのです。生殖器の構想について解説していけば、もっと奥深い内容が分かりますが、この記事ではここまでにします。
ちなみに、神様の誕生の経緯が理解できると、「神様は二つの生殖器を持っている」という解説は誤りであることが分かります。
先回記事末部より
劉正玉会長が「絶対性」をどのように捉えているのかが問題になってきます。
序論:創造原理とは何か 2)神様の実相において、次のように解説しています。
序論:創造原理とは何か1.神様の二性性相 2)神様の実相(2)本陽性と本陰性
人間から素粒子まで、あらゆる被造物には共通して神様の属性である陽性と陰性があります。それが本陽性と本陰性の二性性相です。陽性と陰性は、一つの性(生殖器)を意味します。
創造は本性相の心情と本形状の能力を動機として起こりますが、最終的には本陽性と本陰性の「絶対性(absolute sex)」を通して為されるのです。
神様の中にある本陽性の「絶対性」から出発した精子は、真の愛の種です。神様の中にある本陰性の「絶対性」から出発した卵子は、真の生命の体です
(3)二性性相の統一体 本陽性と本陰性の統一体
神様の「絶対性」を実体として現したものが、男性と女性です。神様の実体の男性がアダムであり、実体の女性がエバです。男性と女性が実体として現れる前に、神様の中にあった陽性と陰性は、神様の二つの生殖器です。神様が二つの生殖器をもっていらっしゃるという話です。人間が分立されて現れる時、男性と女性の生殖器が別々に出て来たのです。
言葉を追って理解すれば、なるほどと感動するでしょう。神様の中で本陽性と本陰性は完全一体になっており、絶対的なものですから、そこから成分合作用で創造された男女も、永遠に一対一の関係で愛し合うのだと「絶対性」の意義を簡潔に理解できます。
でも、良く考えてみましょう。まず、次の文章です。「陽性と陰性は、一つの性(生殖器)を意味します。」この文章から「陽性と陰性は、それぞれ一つの性を意味します。」と理解できるでしょう。でもなぜ、その「性」という文字に( )で閉じて「生殖器」となっているのでしょうか。陽性と陰性を、なぜ突然に「生殖器」と意味づけることが出来るのでしょうか。「陽性と陰性は、一つの生殖器を意味します。」と書き表したならば意味が理解できますか。
そもそも陽性と陰性は、本性相の知情意の思考展開と、その構想を形状化するための無限応形性を備えた素材的要素です。陽性と陰性の授受作用は、本性相に絶対的相対基準を結んで展開します。ですから、絶対性があるとすれば本性相にこそあるのです。
陽性と陰性に絶対性があり、単なる性質ではなく、これを「生殖器」と結論付けてしまったので、「神様は二つの生殖器を持っている」と解説してしまったのです。
劉正玉会長の原理本体論は、最終的に父なる神様を両性具有神にしてしまいました。神様は二つの生殖器を持っているので、神様の中で男女が一体となっているように、息子娘も一体となるべきであるという心情を無視した「絶対性」教育となってしまったのです。
二代王様が劉正玉会長の原理本体論に対して、「天使長の政府構造を理想的だと述べているのではないかという懸念がたくさん出てきました。」と評価された要因は、このような「絶対性」に対する間違った解釈を指摘されているのでしょう。
だからこそ、本然世界の天一国にふさわしい「絶対性教育」が現れなければならないのです。
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真のお父様の生心に夜の神様が臨在しておられ、神様の本体そのものであるキリストであったにもかかわらず、原理講論のキリスト論は真のお父様を「人間メシヤ」として教えてきたものでした。
私たち祝福家庭は、夜の神様から来られた真のお父様を、私たちと同等の人間として仰ぎ見ていたのです。それこそ偽りの信仰であり、偶像崇拝と言われても反論できないものでした。
真のお父様を「人間メシヤ」として信仰してきた結果として、霊界や聖霊について、まったく間違った認識を持ってしまっていたという事になるのです。
キリストは「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の様相で存在しており、この三位一体システムによって、お父様のもとに天宙全てが連動するシステムを構成し、天宙世界を真の愛で管理できるようになるのです。
つまり真のお父様を、愛の人格を完成させた一人の人間としてしか見ることが出来なかったという事は、キリストを信じる者としての信仰さえ始まっていなかったという事です。
原理本体論においても、本形状のエネルギーの性質である陽性と陰性の、それぞれに「絶対性」があると解説し、その陽性と陰性のそれぞれを「生殖器」と定義してしまっています。
本来は絶対性の無い性質を「絶対性」と表現し、エネルギーの陽と陰の両極の性質を「生殖器」と定義してしまう事は、これこそ両性具有神(天の父母様)という「偶像」を作り上げてしまったという事になるのではないでしょうか。真のお父様の認定を受けているという事を丸呑みして、私たちは研究し探し求めることを怠ったのです。
それでは、本当の「絶対性」はどこにあるのでしょうか。
天聖経のみ言に、明確に示されています。
宇宙の根本 第3章 人間堕落と復帰2)堕落の結果③誤った性解放文化をどのように収拾すべきか ロ. 絶対純潔、血代を汚してはならない
エデンの園で青少年問題をまき、誤って結婚したので、ひっくり返して再び天の側において結婚式をしなければならず、血統を転換しなければならないという論理を理論的に肯定しなければなりません。それで、青少年の絶対性、純潔を主張するのです。絶対性です。絶対的です。何ゆえにですか。絶対的愛ゆえにです。唯一不変の永遠の愛ゆえにです。永遠の愛ゆえだというのです。愛ゆえにこのようになったのであり、偽りの愛ゆえにこのようになったので、真の愛にひっくり返さなければなりません。
絶対性は「真の愛」にあります。神様は対象世界の創造を思い立つ前の、自己中心的な神様であった時には、全知全能で絶対者として存在の喜びを享受していました。
しかし、先々回記事に記したように、本形状の「絶対服従性」から来る性質に包み込まれる感覚を得た体験から、対象を意識するようになり、対象を包み返したい衝動にかられました。そこが宇宙の根源であり、真の愛の原点となるのです。
神様の真の愛は、本性相の深層(無意識世界)に潜んでいた「真の愛に絶対服従して生きたい衝動」に覚醒することから、夜の神様の意識世界に浮かび上がってきたのです。
宇宙の根本 第一章 宇宙の根本秩序一、神様の二性性相の大展開 1.神様は二性性相の中和体
何が統一的起源をもたらすのでしょうか。一人でいらっしゃる神様を、統一的位置で何が喜ばせてさしあげるのでしょうか。「原理」でいえば、神様は二性性相の中和的存在であり、格位においては男性格です。その男性格位というものが、どのようにして男性格位になるのかを知らなければなりません。男性格位ならば主体でありプラスですが、相対なくしてはプラスはありません。その概念の中で、なぜプラス格位にいらっしゃるのですか。愛ゆえにいらっしゃるのです。絶対的神様も絶対的に服従してみたいというのです。愛には絶対的に従順になりたい、絶対的に一つになりたいというそのような基台がなくなる時には、統一も融合も和合というものもありません。それは、根源がないために分散してしまいます。
神様から造られたすべてのものはペア・システムです。鉱物世界もペア・システムであり、級は低いのですが陽イオンと陰イオンも愛を表示しながら絡み合っているのです。これは、レバレンド・ムーンがこの世に現れて、歴史始まって以来初めて発表するのです。神様御自身も真の愛を絶対視して、それに絶対服従して生きるというその起源を発表したのは、歴史上レバレンド・ムーンが初めてです。それは観念ではなく事実です。ですから、神様は、真の愛を探し出すために創造されたのです。
真の愛は主体のみでは顕現しません。必ず対象が必要です。ですから、夜の神様は「真の愛」を、無限大の神様をさえ包み込んでくる永遠普遍無限大のものとして顕現させようとしたのです。
夜の神様よりも大きな存在でありながら、その「真の愛」の本体は神様にあると、真のお父様は語っています。そうでありながら、真の愛で連結すれば、人類全てが同じ体になると語られています。
宇宙の根本 第2章 人間創造と愛の理想の完成③なぜ結婚が重要なのか ロ. 夫婦の愛と絶対性
神様は、真の愛の本体なので、真の愛と連結すればすべてが同じ体になります。父母は、神様を身代わりした生きている神様であり、夫と妻は、お互いがもう片方の神様であり、息子、娘はもう一人の小さな神様です。このように、3代が真の愛を中心として成された家庭組織が天国の基盤です。そのような基盤を築かなければ、天国を成すことはできないのです。家庭とは宇宙の中心です。家庭完成は、宇宙完成の基礎になるために、家庭で愛して宇宙を愛すれば、どこでも無事通過です。このような場合、神様は、全体宇宙の父母として愛の複合的な中心の位置にいらっしゃいます。
なぜ、神様が「真の愛」の本体になるかと言えば、真の愛を顕現させる心情の動機が、夜の神様に明確に生じたからです。それこそが、神様の本性相において為されていた主体としての「真の愛によって愛したくてたまらない心情の動機」と、対象としての「真の愛に絶対服従して生きたい心情の動機」が完全一体となった授受作用し始めたことによるものなのです。
その神様と人類が同じ体になるという事は、神様と同じ心情の動機で、神様と授受作用することによって連結され成されるのです。
つまり、「絶対性」とは「真の愛」にあり、「真の愛」を顕現させることの出来る心情の動機を、私たち一人一人が備えることにあるのです。ですから、キリストを心に立てるという事は、キリストを主体として、私は「真の愛に絶対服従して生きたい心情の動機」で相対基準を結べるようになるという事です。
すると、キリストは信仰の主体という以上の存在として、私の知情意の意志展開、心情展開と一体となって共にいて下さるようになるのです。
夫婦の互いが、その心情の動機で結ばれる時こそ、そこに真の愛という「絶対性」が現れるのです。
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