天一国の本然世界を開くための序章!真のお父様が全ての氏族メシヤ王王妃に伝えたい事!
先回記事重要部分
つまり、全ての本質は陽性と陰性の関係性にあるのではなく、性相と形状の関係性にあるのです。ですから、なぜ男性を陽性実体と呼び、女性を陰性実体と呼ぶのかを理解していなければ、神様は男性と女性と両方の性質を備え、父であり母であると解釈せざるを得なくなるのです。
このことを、「統一思想要網1993年版」では「陽性と陰性は実体ではなく、属性でしかありえない。たとえば男は陽そのものの実体ではなく、女も陰そのものの実体ではない。」と断言したところから、なぜ、男を陽性実体、女を陰性実体と呼んでいるかを説明しているのです。(注:現在の統一思想院では、「統一思想では男子を『陽性実体』、女子を『陰性実体』という。」という表現に置き換えて解説しています。天の父母様という呼び方を意義付ける為に改編したのでしょう。)
統一思想要網 第1章 原相論より引用開始
「男も女も、性相と形状(心と身体)をもった実体であって、それが一方においては陽性を帯びており、他方においては陰性を帯びているのである。つまり男は陽的な性相・形状の実体(陽性実体)であり、女は陰的な性相・形状の実体(陰性実体)なのである。それは次の事を意味する。形状面においては、男も女も陽的要素と陰的要素を持っているが、男は陽的要素をより多く備え、女は陰的要素をより多く備えているのであり、これは量的な差異であるということができる。性相面においては、男も女も陽的要素と陰的要素をもっているが、その陽陰に質的な差異があるために、男は男らしさ、女は女らしさを備えているのである。」
つまり、単なる陽性実体・陰性実体ではなく、男も女も本質的には「性相と形状の実体」であって、陽的要素が多いか、陰的要素が多いかの違いなのです。
ですから、神様の本陽性をそのまま男性とし、本陰性をそのまま女性とした創造したのではないのです。神様が抱いた愛の対象としての女性像は、本性相と本形状の関係性において覚醒を得たことから、神様自身が愛により生まれたと自覚したことに始まるのです。
*****
真のお父様はみ言において、男性のことを陽性実体、また女性の事を陰性実体と語られたことはありません。それに最も近い意味を持つみ言として、天聖経に次のみ言があります。
真の愛 第2章 愛の実際 4)夫婦の愛①夫婦の愛は全宇宙の花
男性は神様の陽性的形状であり、女性は神様の陰性的形状です。夫婦は天下を一つのふろしきに包んだようなものです。それゆえに、夫婦は神様の理想的な愛の心情を感じることができます。
先回記事に引用した統一思想要網の解説にあるように、形状においては量的な差異であって、凹凸の違いとして、特に生殖器に明確に現れているものです。
しかし、性相における陽陰の違いは、量的な違いではなく質的な違いであって、明確に区別できるものではありません。
そして、何を基準として陽性的な性格、陰性的な性格と区別するのかの基準が、明確ではないのです。統一思想では、陽性的な性格に知的な面として「明晰、記憶、想起力、判明、機知」を上げ、陰的な面として「模糊、忘却、記銘力、混同、生真面目」という性格を上げています。だからといって、明晰な性格が男性で、模糊(ぼんやり)な性格が女性だと言えるのでしょうか。
全男性と全女性を互いに総合すれば、どちらも陽性の性格と陰性の性格は、質的な違いはあっても量的には同じだという結論がでるかもしれません。(現在の統一思想院では、同量だと説明しています。天の父母様を正当化する為の思惑もあるでしょう。)
これまでは、男性を陽性実体、女性を陰性実体と単純化して学んできましたから、このような説明も疑うこともなく受け入れてきていました。
二代王様が原理講論のキリスト論において、「すごく低レベルな神学」と公表されましたから、私たちが学んできた真理に、何が不足していたのかを明確にしなければならないのではないでしょうか。そしてそれは、お父様の聖霊が一人一人に臨んでくださる時代になりましたから、私たち氏族メシヤの王王妃において、探し出さなければならない自由と責任の時代なのではないでしょうか。
今回の記事では、「真の父母様の本体論」の本論に入る前の、必要性について解説した諸星くると、本名・菅井睦雄の作成した動画を紹介します。
1.本体論セミナー・本然の本体論の必要性(7分39秒)
2.本体論セミナー・神様の成長期間を理解することの重要性!(11分4秒)
短くまとめた動画ですので、ご覧ください。
お父様の心情に迫りたい方はクリックを
↓ ↓ ↓