天一国心情圏ブログ

天宙平和統一国の指針!真の父母様の本体論と絶対性教育により天一国市民の資格を得る!

サタンの自然屈服を可能にする愛の復帰こそ祝福家庭が果たすべきものではないでしょうか!

諸星くると

先々回記事解説部分引用


イエス様はキリストであり、ただの男性ではありません。一人でも真の父母となるキリストです。このキリストの生命を、再び生かすことが出来る勝利権とは何であるかという事が、一人でも真の父母という事から浮かび上がってくるという事です。


つまり、父と共に母の位置も再び生かす権利を得るという事です。ここで考えなければならない事は、一人でも真の父母の、この「母」という概念は、女性という個性真理体から来るものではありません。神様も一人でも真の父母になるわけですが、神様の内にいだいた「母」という概念から、女性は発想され構想されたのだという事です。


創造前の神様の内にあった「母」とは、神様の絶対対象に立つ存在を生み出す、100%対象の為に立った真の愛に絶対服従する心情圏です。つまり、愛する対象を主体に立てて、対象に喜びを与えることに徹する絶対対象の愛の心情圏です。


これが神様の本性相を形成する為に一体となっている絶対主体と、絶対対象の心情圏の、絶対対象の側面という事になります。簡単明瞭に言えば、神様の絶対主体の心情圏を「父」と表現し、神様の絶対対象に立つ心情圏を「母」と呼ぶという事です。


サタンは一人でも真の父母となるイエス様の肉体の生命を奪いましたから、神様は最大実権行使として、イエス様の永遠の生命と共に、絶対対象に立つ聖霊を発動することが出来るようになる条件を得たという事なのです。


そのことは同時に、真の父となるために再臨できる条件と、真の母となる女性を再び立てることのできる条件を勝ち取ったという事です。


それでその聖霊降臨から、聖霊の導きにより、イエス様を新郎として、信徒の男性も女性も新婦としての信仰と愛を持って展開する基台が拡大されていくようになりました。このクリスチャンにおけるイエス・キリストに対して新婦として仕える信仰は、イエス様に関わった人物たちのアベルカインやレアラケルの失敗を、実体で償う蕩減条件であったという事になります


このイエス様を新郎として、信徒が新婦として愛し仕える基台が、二千年を通して神様の願い通りに世界展開していたならば、1945年から7年で、再臨主の為の世界基台が成就していたことになるのです。


一人でも真の父母として復活させる神様の最大実権行使は、1984年1月3日の「愛勝日」において、真のお父様は最高の極地にある愛の戦略として、実行されたことが分かります。


興進様は祝福家庭の真のお父様への不信仰を償う為に、生命を供えものとされました。その死に直面した瞬間に、興進様はカイン圏を愛し守ろうとされたのです。


その興進様を、真のお父様はご自身の代身として、天総官として霊界に送られたのです。つまり、一人でも真の父母の代身として送り、神様は最大実権行使として真の父の位置も、真の母の位置も勝利的に復活させることが出来るのです。興進様によるアベルとしての勝利だけではなく、真の父と真の母の愛の勝利と言えるのです。


真のお父様が、1985年8月16日に一勝日を勝ち取り宣布する為には、アベルカイン一体の前に、母子協助としての韓氏オモニの勝利が無ければなりません。私はどこにあるのかと、ずっと探してきましたが見つかりませんでした。母子協助の勝利は、韓氏オモニにあるわけではなく、興進様の愛の勝利によって、神様の絶対対象としての聖霊の勝利であると見なすことが出来るのです。


二代王様が教えてくださっている、極めて高い高位キリスト論の観点から、これまでの摂理を見直せば、まったく新しい視点からの真実真相が見えてくるのです。


  *****


堕落によって、アダムの生心から夜の神様が離れ、エバの生心からは聖霊が離れました。実際には聖霊は離れたわけではなく、エバが神様との相対基準を失ったがゆえに、聖霊を感知することが出来なくなったのです。


真のお父様が直筆された原理原本に、この内容が解説されています。ただ、キリスト教の背信ゆえに興南収容所の蕩減路程を経た後・・・、つまりキリスト教が選民としての責任を果たしていない中で書かなければならなかったので、夜の神様や聖霊についての真相は語れなかったのです。


原理原本 第一章 第四節 創造原理と堕落原理(三)堕落の始まりを調べてみよう 89p

 アダムとエバが罪を犯すと、本来、アダムとエバに注入して授けた神の根本の基となる生心を中心に成長し、神が臨在できる基そのものであったアダムの霊人体は、悪に犯された自らの体にいることができないため、神が引き取られたのである。そして、罪を犯す前の霊が神の右側に座し、第二アダム格として送られたのである。その方が正にひとり子イエスであった。

 「ひとり子」という名詞の意味もここで明白になる。つまり、罪を犯す前のアダムの霊がイエスの霊に注入されて再び来られたということである。それゆえイエスが罪を犯す前のアダムが完全成熟した存在として現れ、福音を伝え始められた目的は何かというと、失ってしまった子女たちを再び取り戻し、堕落前の神の子女に移すことが根本目的である。


第二章 第四節 「父なる神」にのみ侍る霊人(霊人体)は未完全な生 682p

 そして、堕落は少年時代にしたため、アダムとエバは未成熟期であった。その霊人体が未完成の立場で堕落したことから、神は罪を犯した人間から霊人体を引き取られた。これがエデンの園から追放されたということである。そうして人間は肉身から動物の生体と同じような状態となり、根本性から遠ざかるようになったのである。


  **原理原本引用終了**


原理原本の解説では、「夜の神様から離れた」また「聖霊が離れた」という表現ができずに、「霊人体を引き取られた」という表現になっています。霊人体を引き取ることなどできない事ですから、この内容については私たちの責任分担で解釈しなければなりません。


つまり、エバの蕩減復帰を担う女性は、血統転換の為の路程を勝利するとともに、聖霊を生心に迎える路程を勝利しなければならない責任が生じるのです。


マリアとエリサベツは、マリアがイエス様の生命を胎内に授かるにあたって、レアラケルが勝利できなかった一体化を果たしました。しかしその後にも、二人は神様への絶対信仰・絶対愛・絶対服従によって、互いを信じ愛さなければなりませんでした。


そのマリアとエリサベツのイエス様聖誕以降の一体化が為されたならば、聖霊の導きによって彼女の息子それぞれに対して、正しい母子協助が出来たはずでした。しかし、一体化できずに聖霊を迎えることが出来なかったという事です。


聖霊を迎える為には、一人の信仰だけでは迎えられません。アベルカイン・レアラケルの一体化の路程を通さなければならないのです。


  **1997年1月2日第14回「愛勝日」の御言より引用**


ザカリヤ家庭の秘密


 エバがアダムをだまし、神様をだましたのと同様に、エバの立場にあるマリヤもヨセフをだまし、その父親をだましたのです。父親はヨセフが婚約したので、結婚して幸福な家庭を築いてくれるという父親の理想を、マリヤは完全に奪ってしまったのです。


 それゆえ、復帰の道は“蕩減”という決裁を除くことができません。今日、統一教会員たちは蕩減という言葉は知っていますが、蕩減の路程は行きませんでした。蕩減の道は先生が行ったので、皆さんもご父母様と絶対的に一つになることによって、越えていくことができるのです。


 蕩減というものを知らずに、今まで来たのです。ヤコブ家庭でも、レアとラケルが引っ繰り返りました。全部、長子権の母親の立場であるべきラケルが、レアに奪われました。本妻にラケルがなるべきなのに、レアがなったのです。


 ですから、ヤコブ家庭において二人の母親の血統を受け継いでいくようになります。サタン世界をそのままにしてはいけません。一人の母親の子女を中心として、そこにレアとレアの息子十人が、ラケルの二人の息子、ヨセフとベニヤミンの後ろについていくようになります。それは、ヨセフとリベカの責任です。


 また、レアの母親がヤコブの母親と一つにならなければなりません。二人の母親が一つになり、どこに行かなければならないのかといえば、自分の家族を連れて、ヤコブの所に来て、本妻が妾の立場に立たなければなりません。


 これが天命であり、私たちが必ず行くべき運命の道です。ラケルを本妻の立場に立て、その息子であるヨセフはアベル型の兄であり、ベニヤミンは弟です。しかし、十人の兄たちは母親をはじめとして、ヨセフと一つにならなければならないのです。


 そうして、ヤコブ家庭で収拾できなかったものを、マリヤの時代に家庭的基準に立って、氏族が出発することのできる家庭的基準で、母親と子供たちを収拾すべき責任がヤコブにあったのです。


 これを国家的時代に来たので、イエス様が生まれるときに、マリヤを中心として再蕩減するのです。レアとラケルを代身して収拾するのです。それがザカリヤ家庭です。


 ザカリヤは、ヤコブの延長、国家的すべての血統を転換させることのできる国の先祖として登場するのです。エリサベツは、本妻です。そこにまた、だれが入らなければならないかというと、マリヤが入らなければなりません。


 世の中で見れば、奇怪なことです。だれの妾かといえば、自分にとっては、姉の立場にあたる人の夫の妾なのです。ザカリヤがだれかといえば、いとこの夫です。お姉さん格のいとこの夫を奪うという、そのような女性がまったくどこにいるでしょうか?


 そのとき、ザカリヤもそれをすべて理解し、エリサベツも理解していたことを知らなければなりません。ですから、エリサベツは、マリヤを許したのです。レアがラケルをだまして、すべてを奪っていったその反対の出来事が行われたのです。マリヤは自分の行くべき道を知ると、メシヤを身ごもらなければならないということが分かったのでした。


 エリサベツもそのことを知り、マリヤに同情して、そのことに協助してあげるために、自分の夫の部屋にマリヤを案内してあげたのです。夫を譲ってあげるのです。


 それで、三か月間何をしたのかといえば、一緒に暮らしたのです。そうでなければ、一日、二日会って、子供を身ごもることができますか? 家に帰ってきたのは、妊娠して帰ってきたのです。


 エリサベツは、妹の立場のマリヤを愛して、自分の夫をあげたのです。女性として、どれほど苦しいことでしょうか? それを克服し、神様のみ旨のために絶対信仰、絶対愛、絶対服従することのできるエリサベツがいたということを知らなければなりません。


 またマリヤにとっても、世の中の常識で考えるとき、それはあり得ないことでした。けれども、すべて天の指示があり、それにより、そのことを絶対信仰、絶対愛、絶対服従でなしたのです。


 アダム家庭で神様が啓示したのが、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。ですからこの伝統を立てなければ、神様のみ旨が立つ場がないということを知らなければなりません。


 そうなれば、マリヤも絶対信仰、絶対愛で姉を愛するのです。また、姉を愛するように、姉の息子も愛するのです。また、姉が愛する夫も愛さなければなりません。そこに絶対信仰を持ち、姉の夫、姉、息子を愛したのです。


 姉の夫の愛を受けるに値し、エリサベツの愛を受けるに値し、洗礼ヨハネの愛を受けるに値するのに、洗礼ヨハネが責任を果たせませんでした。


 そうして、ヤコブ家庭で二つの血統が延長してきたのが、ここで一つにならなければなりません。一つになった土台の上に、これが成り立たなければなりませんが、そのためには、家庭を持たなければなりません。


 イエス様がみ旨を成すためには、新しい血統、国家的王圏の中心となり得る血統として、イスラエル民族を選民に立てて、選民を中心とした国家的王の基準を結実できる土台を備えるのが、ザカリヤ家庭であり、エリサベツとマリヤ、洗礼ヨハネとイエス様でした。


 これを愛を中心として見るときは、すべてが怨讐です。愛するザカリヤに対しては、そうでないかもしれませんが、エリサベツの前にいるマリヤも怨讐であり、マリヤの息子も怨讐です。またマリヤにおいても、夫の愛を中心としてはザカリヤも怨讐です。洗礼ヨハネも怨讐です。怨讐の感情を持てば、復帰の道は永遠に不可能です。怨讐の概念を持てば、統一圏がなくなるという伝統を知らなければなりません。


 怨讐のザカリヤ家庭において、エリサベツはマリヤが自分の夫を奪い、愛を奪った怨讐ですから、どれほど悩んだでしょうか? そしてやはり、後にはうまく越えられませんでした。最後まで愛することができなかったのです。


 しかし、マリヤは易しいのです。姉から引き継ぎ、姉の立場と自分の息子の立場を伝授されたので、それほど難しくはありません。一番難しいのが本妻の立場です。本妻のエリサベツと洗礼ヨハネとザカリヤを中心として、二つの血統が一つにならなければなりません。


 一つになって、どのようにならなければならないかというと、弟(妹)が兄(姉)さんにならなければなりません。カイン・アベルを復帰しなければならないのです。長子権復帰です。兄の立場に弟がならなければならないし、弟の立場に兄がならなければなりません。母親の立場も同じです。


 伯母(エリサベツ)の立場が妹(マリヤ)になり、妹(マリヤ)の立場が伯母(エリサベツ)の立場になり、ザカリヤは昔、サタン的な立場の血統を残したその血統を否定し、イエス側の傍系的な系列の主人として行かなければなりません。これが、どれほど大変でしょうか? 皆さんは、原理を知っていますが、彼らは何も知らないのです。ですから、どれほど犠牲になったかを知らなければなりません。


  **引用終了**


私たち祝福家庭がサタンに勝利する為に、蕩減復帰摂理の根底から見直さなければならないのではないでしょうか。そして、真のお父様が地上におられた時には果たせなかった、祝福家庭の責任分担を成し遂げ、サタンを自然屈服させなければならないのではないでしょうか。



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